熱中症の病態・予防・対処法
目次
熱中症をご存知ですか?
おそらく多くの方が熱中症の名前は聞いたことがあると思います。夏場になると天気予報などでも「明日は暑いので熱中症に気を付けて下さい」などといった注意喚起がよく行われていますので、馴染のある言葉ではないかと思います。
しかし改めて「熱中症ってどんな病気?」と聞かれると答えにつまってしまうのではないでしょうか?
想像してみて下さい、いっしょにテレビを見ていたお子さんがあなたに質問してきます。
「ねえパパ(ママ)、熱中症って何?」
あなたはどう答えますか?
「ええと、、、ほら、、、あれやん。なんか暑なってしんどなるやつやんか、、、」
といった答えでは、子供から失望の眼差しを向けられることでしょう。ぜひ子供からの尊敬を勝ち取り、格好良い大人になるため、熱中症について学んで下さい。
熱中症の本質は、体内の熱を外に出せなくなること
熱中症とは文字通り、熱が体の中にこもってしまうことによって生じる様々な症状のことを言います。
ではなぜ熱がこもってしまうのでしょうか?
実は私たちの体は常に熱を産生しています。
この熱は冬場に私達の体温が下がりすぎることを防いでおり、私たちにとって必要なものです。体を動かすと暖かく感じるように、運動をすることで熱産生量は増加します。
一方で熱が上昇し過ぎても私たちの体は上手く働けません。そこで体には熱を下げる機能も備わっています。運動すると出てくるあれ、つまり汗のことです。
汗が蒸発するときに私達の体から熱は出ていきます。
このように運動による熱産生と、発汗による熱放出のバランスにより体温は一定に保たれています。
熱中症は主に「熱放出」が上手くいかない時に起こります。
具体的には気温が高すぎて体からの放熱が起きにくかったり、湿度が高すぎて汗が乾かなかったり、脱水のため十分な汗をかけなかったりすると、「熱放出」は上手くいきません。
このような状態の時に運動により「熱産生」が高まると、容易に体内に熱が蓄積し、熱中症になってしまいます。
熱中症の病態
それでは熱中症の時に私達の体の中でどのようなことが起きているのか、重症度に沿って見ていきましょう。
軽症の熱中症は、大量の熱を逃がそうとした結果、色々な無理が出てきてしまっている状態です。
この段階では発汗による水分と塩分の喪失が病態の本質になります。
体内の水分が不足すると血液量も減少します。この影響を最も受けやすいのが脳で、運動時などに脳血流が低下することで眩暈や立ちくらみ、失神などの症状が出ます。
この状態で適切な対応をとらないと、症状はさらに悪化します。
水分量の不足がさらに悪化すると、脳以外の臓器でも血流が不足し、吐き気などの症状が出現します。
他方、汗の中には多くの塩分が含まれており(汗をなめてみると塩辛いので実感できると思います)、大量に発汗するにつれて体内の塩分も失われていきます。
これにより体内の塩分濃度に異常をきたすと、神経や筋肉の活動に影響が出ます。というのも、神経や筋肉は電気刺激により活動する組織ですが、体内の電気を伝えているのは「イオン」、つまり水に溶けた塩分だからです。よって塩分濃度の異常は神経や筋肉の異常な活動、主には痙攣を生じます。
熱中症で足がつるのはこのためです。
この段階でも適切な対応をとらず放置するとさらに病状は悪化し、いわゆる「重症」の熱中症になります。
重症の熱中症では水分と塩分を失い過ぎた結果、汗を出すことすら出来なくなります。これにより体が熱を放出する機能は完全に破綻します。
体温は40度を越えることが多く、高体温と高度の脱水のため多臓器障害が生じます。特に脳への影響は顕著で、日時や今いる場所がわからなくなったり、ひどい時には昏睡状態に陥ります。
このような重症の熱中症は熱射病とも呼ばれ、適切な医療行為を施しても命を落としてしまうことがある危険な状態です。
熱射病にならないように予防することが最も重要です。
以上をまとめると、熱中症は
- 水分の喪失(脱水)
- 塩分の喪失(塩分濃度の異常)
- 高体温
の3つが合わさって生じる病気、と言えます。
熱中症の予防(環境篇)
熱中症の予防は高温多湿な環境を避けることにつきます。
例えば気温が体温に近い、あるいは体温を上回るような状況では、体内から熱を逃がすことは困難になります。
同様に湿度が高い環境も問題です。
湿度が高いと汗が乾きにくくなるため、体温を下げにくくなります。
以上から直射日光のあたるグラウンド(高温環境)での運動、冷房のついていない体育館(高温多湿環境)での運動、工事現場などの通気性の悪い場所(高温多湿環境)での肉体労働などは特にリスクが高いと考えられます。
しかし部活動の練習や仕事などのため、夏場でも上記環境で過ごさざるをえないこともあるでしょう。
そのような場合、環境省の提供する「暑さ指数」を目安に運動や仕事の継続を判断して下さい。
そもそも「気温」とは直接日光のあたらない風通しの良い環境で測定されたもので、実際の体感温度とは大きく異なり、必ずしも熱中症のリスクを正確に表しません。
「暑さ指数」は特殊な方法で測定したいくつかの温度から、私たちの感じる「蒸し暑さ」を計算によって導いたものです。単純な気温よりも正確に熱中症のリスクを表すと考えられており、特に暑さ指数28を越えると熱中症の患者が著しく増加すると言われています。
暑さ指数はこちらのページで公開されています。予報も見れますので実用的です。
暑さ指数の使用は、歴史的には軍隊における訓練中の熱中症を予防する目的で、1950年代に始まりました。この際は、暑さ指数が26.5を越える場合に訓練を短縮するように提言されました。さらに1970年代にはアメリカスポーツ医学会が暑さ指数28以上で10マイル(約16km)以上の長距離走を禁止すべきと提言しています。
環境省の熱中症対策ページでは暑さ指数21以上で積極的な水分補給、25以上で定期的な休息(概ね30分に1回)が推奨されています。さらに暑さ指数28を越える場合は激しい運動は控え、休息も10~20分に1回は取るようにと記載されており、31を越える場合は運動は原則中止となっています。(こちらのページを参照してください)
暑さの厳しい時期に運動や屋外での作業予定のある方は、是非上記サイトで「暑さ指数」を確認するようにしましょう。暑さ指数が高い時には予定を「中止する勇気」を持つことも重要です。
熱中症の予防(体調管理・適切な行動篇)
熱中症の予防には自分自身の体調管理も重要です。
特に以下に挙げる熱中症のリスクが高い人は気を付けて下さい。
まず高齢者は熱中症リスクが高い方の代表格です。渇きを感じにくいため水分補給を怠りがちで、さらに体の機能が全体に低下しており、熱中症になりやすいとされています。また利尿剤など脱水になりやすい薬を飲んでいる方も多く、注意が必要です。
特に近年、高齢者が自宅内で冷房をつけずに重症の熱中症を発症することが多くなっています。これは風通しの悪い室内では温度・湿度が上昇しやすいことによります。暑さの厳しい時期には、高齢者こそ積極的に冷房を利用する必要があります。扇風機だけではダメですよ!
乳幼児も熱中症のリスクが高いとされています。自分で体温を調節する機能が未発達で熱がこもりやすいうえ、体に占める水分量が大人よりも多いため脱水の影響を受けやすいと考えられます。
またベビーカーはアスファルトからの熱の影響を受けやすく、意外と高温環境です。ベビーカーで移動する時は、適宜涼しい場所での休憩をはさみながらにしましょう。
それ以外にも下痢症状のある方はもともと脱水気味ですので、無理をして暑い場所で過ごすとすぐに熱中症になってしまいます。
かつて私が若手の頃、重症の熱中症(熱射病)の方を救急外来で診たことがあります。数日前から下痢が続いていたにも関わらず、無理をして地元のお祭りに参加された結果、熱中症になってしまった30代の男性でした。どれだけ冷やしても40度以下に熱が下がらず、ICUに入室となりました。一旦は回復されたものの脳梗塞を合併し、最終的には寝たきりに近い状態での退院となってしまいました。20年近く前の患者さんですが未だによく覚えており、熱中症の怖さを強烈に印象付けられました。
これらの方以外にも、肥満者、低栄養状態の方、心臓病患者、糖尿病患者、広範な皮膚病患者、アルコール多飲者などの方も熱中症のリスクが高いと考えられます。
リスクが高い時期に炎天下で長時間過ごすことは避け、積極的に冷房を使用することで熱中症を予防して下さい。
また気温や湿度がそれほど高くなくても、通気性の悪い服装は服の内部での温度・湿度を高めてしまい熱中症のリスクを上げてしまうことがあります。夏場は通気性の良い服装を心掛けましょう。
水分はこまめに摂取するようにして下さい。喉が渇くというのは、すでに軽度の脱水状態になっている証拠です。喉が渇く前に水分を摂取するくらいの気持ちで、熱中症指数も参考にしながら計画的に水分を摂取するようにしましょう。
熱中症の対処法
それでは、熱中症を疑う時、本人や周囲の方がどのような対処をすれば良いのか見ていきましょう。
上述の熱中症になりやすい環境にいる時に立ちくらみを感じたり、足がつったりした時は熱中症のサインだと思って下さい。
まずするべき対処法は
- 体を冷やすこと
- 水分・塩分を補給すること
の2つです。優先順位は1,2の順ですが、同時に進めてもらって構いません。
1.体を冷やす
体を冷やすためには、まずは高温多湿の環境から避難しましょう。冷房の効いた室内(冷房の効いた車の中などでも可)に移動して休んでもらうのが一番です。上着は脱がせ、ベルトやネクタイも緩めて風通しをよくしましょう。
冷房の効いた室内に移動させることが困難なら、まずは風通しの良い日陰に移動して下さい。この際も移動が可能になれば冷房の効いた室内へ移動することを心掛けて下さい。
さらに露出した皮膚を濡らしたタオルやハンカチなどで湿らせて(汗の代わりです)、うちわや扇風機などで仰ぎましょう。水分を蒸発させることで体を冷やすことが出来ます。あらかじめ霧吹きののようなものを用意しておくと体を濡らしやすくて良いと思います。
また、冷やしたペットボトルや(コンビニや自動販売機で購入してもらってもいいと思います)、氷水を入れたビニール袋などを首の付け根の両脇、脇の下、太ももの付け根の前面(お腹側)などに当ててもらうと、太い血管を直接冷やすことが出来ますので、効果的に体温を下げることが出来ます。
たまに冷感を得られるジェルシート(熱さ〇シートなど)を貼っている方がおられますが、実はあの手の商品には体温を下げる効果はありません。シートを貼っている部分の皮膚温度を局所的に下げる効果はありますが、体温は下がりません。熱中症には無効なので使わないようにしましょう。
同様に熱中症には効果がないものに解熱剤があります。一般的な解熱剤の主成分であるアセトアミノフェンやNSAIDsには熱中症時の高体温を下げる効果はありません。
特に脱水時のNSAIDsは腎機能障害を生じるリスクが高く、熱中症においては禁忌と言ってもいいかもしれません。
熱が高いからと解熱剤を安易に使うのはダメです。
2.水分・塩分を摂取する
水分摂取は予防と共通ですが、実際に熱中症を発症してしまった場合には、より多くの水分を摂取する必要があります。
体を冷やし始めたら、水分を摂取します。冷やした飲み物を自分で飲んでもらいましょう(「自分で」というのがポイントです。自分で飲めない場合は医療機関へ連れて行ってください)。
冷たい飲み物は体の中から熱を奪ってくれるので体を冷やす効果もあります。ただし冷たい飲み物が手に入らない場合は常温のものでも構いません。
汗を多量にかいている場合は、失った塩分の補給も重要です。
水分とは別に塩分を取るなら、塩飴などが手に入りやすくお勧めです。市販の塩飴には一粒100~200mg程度の塩が含まれており、大体水100mlあたり塩飴1粒で0.1~0.2%の食塩水(経口補水液として推奨されている濃度)になります。市販の経口補水液の塩分濃度が0.3%とされていますので、運動中など汗をたくさんかく環境にいるなら、水分100mlあたり2粒くらいが適量かもしれません。
水分と一緒に塩分を取るなら、経口補水液がお勧めです。市販のものであればOS-1などが有名かと思います。500mlから1000ml程度を目安に飲んで下さい。もしも経口補水液が手に入らないようならスポーツドリンク、それも無理なら水やお茶でも構いませんが、あくまでも経口補水液が手に入らない際の緊急避難的な選択肢と考えて下さい。
というのも、市販のスポーツドリンクの塩分濃度は熱中症時の必要値を下回っています。このためポカ**エットやアク**アスを大量に飲むと却って体内の塩分濃度が低下してしまい、筋痙攣が悪化する可能性もあります。塩分を含まないお茶や水ではなおさらです。
他方、もしかすると心疾患や腎疾患、高血圧をお持ちの方は、主治医から一日の水分量や塩分量を制限されているかもしれません。しかし水分や塩分を多量に失っている熱中症の状態では1日の制限量を越えて水分や塩分を摂取してもらって構いません。夏場に運動の予定がある方は一度主治医に相談してみて下さい。
また念のため言及しておきますが、アルコールには利尿作用があり、その分解にも水分を使用します。飲めば飲むほど脱水状態は悪化しますので、熱中症時に酒類を飲むことは厳禁です。
病院を受診するべきタイミング
一般の方でも出来る対処法を上に挙げましたが、重症の熱中症は時に命を奪うこともある病気ですので、必要な時には迷わず医療機関を受診する必要があります。
現場でできる処置には速効性が薄く、限界があることを理解しておく必要があります。
以下に医療機関を受診すべきか判断するためのポイントをまとめましたので参考にして下さい。
熱中症を疑う症状の人を見かけたら、まずは意識状態を確認しましょう。
運動や作業中に倒れてしまったとしても、すぐに意識が戻って受け答えもハッキリとしていれば、緊急性はそこまで高くありません。
しかし意識がなかなか戻らなかったり、受け答えがハッキリとしなかったりする場合は重度の熱中症の可能性があります。迷わず救急車を呼んで下さい。
救急車が来るまでの間は、上述の方法で出来る限り体を冷やすようにして下さい。
意識がしっかりしている場合、涼しい場所に移動してから自分で水分を飲めるか確認して下さい。吐き気があるなどの理由で水分を自分で飲めない場合、重度の脱水・電解質異常の存在が疑われます。必ずしも救急車を呼ぶ必要はありませんが、すぐに医療機関を受診してください。またこの際水分を無理に飲まそうとすると誤嚥(水分が気管に入ってしまう)を起こしてしまうリスクがあります。無理に水分を飲ませようとするのはやめて下さい。
もしも水分をしっかり自分でとれるようなら(最低でも500mlくらいを小分けにして飲みます)、30分ほど涼しい所で休んで経過をみてもらってもいいと思います。しかしそれでも体調が改善しなければ、やはり一度病院を受診しましょう。迷ったら受診で大丈夫です。
経過をみたうえで体調が回復するようなら、一旦帰宅して様子を見てもらっても構いません。ただし帰宅中や帰宅後もこまめに水分を補給するようにして下さい。翌日も高温多湿の環境は避け、出来るだけ涼しい場所で過ごすようにしましょう。