お腹が痛いけれども検査で異常がない。どんな病気を考える? ~前編~

1.はじめに

腹痛はありふれた症状です。

しかしその診断は意外に難しく、以下のような原因から正確な診断までに時間を要することがままあります。

  • お腹の中にはたくさんの臓器(胃、小腸、大腸、膵臓、肝臓、胆嚢・胆管、腎臓など)があり、それらが近接しているため、どの臓器由来の痛みかわかりにくい。
  • お腹の痛みの場所と病変の場所とがずれていることがある。(初期の虫垂炎における上腹部痛が有名)
  • 多くのお腹の病気が、似たような症状から始まる。(軽い嘔気、腹痛、軟便など)
  • 検査ごとに得意な臓器・疾患が分かれており、単独の検査で全ての病気を診断することが困難。(エコーやCTは肝臓、膵臓、胆嚢、腎臓などを得意にするが消化管は苦手。胃カメラや大腸カメラなどの内視鏡検査は消化管の内側(粘膜)の病気に関しては高精度な診断が可能であるが、それ以外のことは殆ど分からない)

特に開業医にはCT検査が出来ないという大きな制限がありますので、典型的でない腹痛については診断に苦労しがちです。

そこで今回の投稿では私自身への備忘録も兼ねて、腹部エコー検査や胃カメラ、大腸カメラで異常が見つかりにくい腹痛について、その詳細をまとめておきたいと思います。

また、診断学では腹痛を発症からの時間経過によって急性腹痛と慢性腹痛とに分けることがよくあります。これは急にお腹が痛くなって病院に駆け込む人と、以前からずっと痛みがあり、様子を見ていたが改善しなかったために病院に来られた人とでは、予想される疾患が大幅に異なるためです。このうち今回は数週間~数か月間、場合によっては年単位で持続するような慢性腹痛について取りあげます。

前皮神経絞扼症候群(ACNES)、腹腔動脈起始部圧迫症候群(正中弓状靱帯圧迫症候群)、中枢介在性腹痛症候群、機能性ディスペプシア・過敏性腸症候群、について取りあげたいと思います(ACNESを中心に解説する予定です)。

2.前皮神経絞扼症候群(ACNES:Anterior Cutaneous Nerve Entrapment Syndrome)

2-1.どんな病気か?

お腹の痛みと言うと内臓の病気を連想する方が多いと思います。しかし内臓を入れる容器を構成する壁、すなわち腹壁由来の痛みも実は結構な頻度であります。腹壁は皮膚や筋肉と、それを栄養する血管や、運動や感覚を司る神経から構成されていますので、腹壁の痛みとはそのどこかの異常で生じます。

前皮神経絞扼症候群は、この腹壁由来の痛みの代表格です。前皮神経(正確には肋間神経の前皮枝)はお腹の皮膚の感覚を司る神経で、腹直筋の中を貫いて皮膚に到達するのですが、この筋肉を貫く部分が何らかの要因によって締め付けられる(絞扼される)と痛みが生じるとされています。

外傷・外科手術・妊娠などがきっかけになるとされていますが、特にきっかけのない例も多くあります。前皮神経絞扼症候群患者の7~8割は女性とされていますが、男性だからと言って否定は出来ません。小児から高齢者まで幅広い年齢に起こることがあります。

2-2.よくある症状

症状だけから診断することは困難ですが、症状が出る前にお腹を締め付けることがあったり、普段使わない腹筋を使うことがあったりすると、よりこの病気らしくなります。腰にベルトを強く締めて作業を続けたりとか、急にダイエットのため腹筋を鍛え始めたりとか、長時間座ったり立ったりしていたとか、腹直筋に負担がかかるような状況で痛みが出やすいと考えられています。

痛みの強さは様々ですが、激痛と言っても良い強い痛みが出ることもあります。腹筋に力を入れた瞬間に激痛が走ったり、立位(あるいは座位)を長時間続けることで腹筋に一定の力を加え続けるとジワジワ痛みが悪化することがあります。

痛みの場所はお臍あたりの高さで、腹直筋の外縁よりやや内側に多く、多くは2cm以内の狭い範囲に限局しています(ちょうど神経が通っている場所です)。同部位で触覚や温度感覚の異常が見られることもあります。

内臓由来の痛みと異なり、食事や排泄による症状の変化は通常ありません。

2-3.どうやって診断するか

上記のような症状を認め、CTやエコーなどの画像検査で内臓に異常がなければこの疾患を疑います。

特異的な検査はないのですが、カーネット徴候と呼ばれる身体所見が有名です。お腹に力を入れない状態で自発痛の出る部位を押しても痛みませんが、腹筋に力を入れた状態(患者さんに臥位になってもらい、頭を挙上させて腹直筋上部を、伸ばした下肢を挙上させて腹直筋下部を緊張させる)で自発痛のある周囲の狭い領域を押さえると痛みが誘発されることをカーネット徴候と呼びます。先端が鈍になっている棒状のものか、鉤爪状に曲げた指先のようなものでピンポイントに押さえることが重要です。カーネット徴候陽性の場合、腹壁由来の痛みの可能性が高くなります。

その他、圧痛点の周囲では触覚・温度覚、痛覚に低下を認めることがあるため、綿棒のようなもので触った時の左右差・アルコール綿で拭いた後の冷たさの左右差・尖った物で皮膚を突いた時の痛みの左右差などを確認します。また、圧痛部位の皮膚をつまむと痛みが悪化することがあります。

医者が疑わない限り絶対に診断出来ない病気であるため(検査で偶然に見つかるような病気ではない)、診断までに数件のクリニックを数か月~年単位で渡り歩いたという方もおられます。

2-4.どうやって治療するか

実は約半数の人は、自然と痛みが消えていきます。腹直筋に負荷をかけないように日常生活の指導を行いつつ、一般的な痛み止めだけで(あまり効果はないのですが)様子を見ることも出来なくはありません。

しかし痛みが強かったり、症状が続く場合には、専用の治療が必要になり、トリガーポイント注射と呼ばれる局所麻酔薬の注射が行われます。注射場所は圧痛の最強点とされていますが、その深さに関しては文献ごとに異なります。単純に「皮下」としているものや「腹直筋鞘の筋膜下」と具体的に記しているものまで色々あります。私はエコーで見ながら「腹直筋鞘の筋膜下」に打つ派ですが、実は盲目的に打っても十分な効果が得られるのかもしれません。

トリガーポイント注射を打つと、8割以上の方で10~15分以内に痛みが改善するとされています。

ただし4分の3の確率で痛みは再燃するため、再度のトリガーポイント注射が必要となります。この際はリドカインだけではなく、ステロイドも注射することがあります。

どうしても痛みが改善しない場合は手術(神経切除術)も考慮されます。

2-5.類縁疾患

同様に肋間神経の枝である外側皮枝が絞扼されると、脇腹に同様の痛みが生じる側皮神経絞扼症候群(LACNES:LAteral Cutaneous Nerve Entrapment Syndrome) を発症します。

さらに後皮枝が絞扼されると、背中側に痛みが生じる後皮神経絞扼症候群(POCNES:POsterior Cutaneous Nerve Entrapment Syndrome)を発症します。

私は絵心がないので上手く図を書けないのですが、「LACNES」「肋間神経」をキーワードに画像検索をかけると、いい模式図が見つかると思います。

3.腹腔動脈起始部圧迫症候群(正中弓状靱帯圧迫症候群)

3-1.どんな病気か

腹腔動脈はみぞおち付近の高さで腹部大動脈から分岐する血管です。胃、十二指腸、膵臓、肝臓、脾臓など多くの臓器を栄養するため非常に重要な血管になります。

この血管の根本が圧迫されると、十分な酸素が各臓器に届かなくなってしまいます。

これにより痛み、嘔吐、下痢などの多彩な症状が出現する病気を腹腔動脈起始部圧迫症候群(CACS:Celiac Axis Compression Syndrome)と呼びます。

圧迫の原因には複数のものが考えられますが、最も多いのが正中弓状靱帯と呼ばれる靱帯による圧迫です。この場合を特に正中弓状靱圧迫症候群(MALS:Median Arcuate Ligament Syndrome)と呼びます。

造影剤を使用したCTで診断がつくため、検査で異常がないというよりは軽微な異常であるため見過ごされやすいと言った方が正しいかもしれません。

3-2.よくある症状

前項でも述べたように痛み、嘔吐、下痢などの多彩な症状がみられます。

一般にお腹の臓器は消化・吸収が主要な働きですので、食後に必要な酸素量が増えます。このため、食後30分から1時間後に症状が悪化しやすいという傾向があります。ただし上腹部の内臓の病気は全て同様の傾向があり、症状のみからこの病気を疑うことは困難です。

3-3.どうやって診断するか

腹腔動脈の起始部の狭窄部を血液が流れる際に乱流が発生するため、腹腔動脈分岐部付近に聴診器を当てると血管雑音を聴取することが出来ます。特に呼気時(息を吐いたとき)に増強する血管雑音が特徴とされています。

診断を確定させるには腹部造影CT検査で腹腔動脈の狭窄の有無を調べる必要があります。腹部エコー検査でも診断できる場合がありますが、腹腔動脈は大動脈から分岐してすぐにカーブしていることが多く、一画面にきれいに描出することは意外に難しいかもしれません。また、消化管ガスや呼吸の影響を受けやすい場所であり、腹部エコーによる確定診断は慎重に行う必要があります。客観的な画像が得られる造影CT検査の方が診断確定には無難であると思います。

3-4.どうやって治療するか

手術による圧迫の解除や、狭窄部を拡張するためのカテーテル治療(ステント留置)が多いとされています。また、二次的に動脈瘤を形成する場合にも、カテーテルによる治療を行う場合があります。

3-5.最近の問題点

ただし近年は画像検査技術の進歩により、無症状の腹腔動脈起始部狭窄が見つかることも増えてきました。腹腔動脈起始部に狭窄があっても必ずしもそれが症状の原因とは限らないということで、他に腹痛の原因がないかも慎重に調べる必要があります。