お腹が痛いけれども検査で異常がない。どんな病気を考える? ~後編~

検査で異常が見つかりにくい慢性腹痛(数週間~数か月以上持続する腹痛)の原因として、前編では前皮神経絞扼症候群(ACNES)と腹腔動脈起始部圧迫症候群(CACS)を取り上げました。後編では中枢性腹痛症候群、機能性ディスペプシア・過敏性腸症候群について取りあげたいと思います。

4.中枢性腹痛症候群(CAPS:Central mediated Abdominal Pain Syndrome)

 この病気を理解するには、まず私達が痛みを自覚するメカニズムを知る必要があります。ただし詳細を説明すると非常に難しくなるため、出来るだけ簡略化して説明しようと思います。

 「痛い」と感じるような刺激を私達が受けた時、まずは全身に張り巡らされた痛覚神経がその刺激を検知し、電気信号に変換して脊髄へと送ります。脊髄では痛みの電気信号を別の神経が受け取り、さらに脳へと伝えます。この一連の神経の働きによって、私達は「痛い」と自覚するわけです。

 このように痛みの刺激はいくつかの神経がリレーすることによって脳へと送られるのですが、これらの神経のうち体の各部~脊髄までの神経を末梢神経、脊髄~脳までの神経を中枢神経と呼びます。中枢性腹痛症候群は中枢神経が過敏になるために、体や末梢神経には何の異常もないのに痛みを知覚してしまう病気です。画像検査をしても明らかな異常は見つからず、中枢神経の機能的な異常(最近では痛みの信号を抑制できなくなることが主な原因と考えられています)によって痛みを知覚するようになると考えられています。

 以下、具体的な特徴を挙げていきます。

 40歳前後の女性に発症しやすい病気です(米国の統計では35歳から45歳に多く、女性の方が男性よりも1.5~2倍多いとされています)。痛みは多くの場合途切れなく持続し、ほぼ毎日みられます。強い痛みのために日常生活も障害されることがあります(仕事や学校生活に影響します)。典型的な特徴として、食事・排便・月経などによって痛みの強さは変化しません。さらに痛みは特定の部位ではなく広い範囲に見られます(解剖学的な臓器に限局しない)。時にうつ病などの精神疾患や、線維筋痛症などの慢性疼痛疾患を合併していることがあります。発症には外傷・手術・大きなストレスなどが関連していることがありますが、これらと関係なく発症することもあります。

 ただし診断にあたっては、他の腹痛を生じる全ての疾患を否定し、6か月以上症状が持続することを確認する必要があります。

 じゃあ診断までの6カ月間はどうしたらええねん、他の疾患を全て否定ってどうしたらええねん、ということで臨床医にとっては悩ましい疾患です。

 治療には抗うつ薬(通常よりも少量で効果が見られるとされています)が用いられます。現場の感覚としては疑わしい時に抗うつ薬を使用して、効果があればこの疾患だったと考えることが多いと思います。

5.機能性ディスペプシア・過敏性腸症候群(機能性胃腸症)

 中枢性腹痛症候群が中枢神経の機能異常なら、こちらは末梢神経の機能異常です。胃腸の運動がおかしくなったり、水分の吸収が上手くいかなくなったり、通常では痛みと感じないような正常な胃腸の動き・膨らみを痛みとして感じるようになったりします。まとめて機能性胃腸症と呼ばれることもありますが、胃に関連した症状(胃がもたれる、みぞおちが痛むなど)が強く出る場合を機能性ディスペプシア、腸に関連した症状(下腹部痛、便秘、下痢など)が強く出る場合を過敏性腸症候群と呼ぶことが多いです。ただ、この疾患の呼称は偉い先生の思い付きで変化することが多いので、何年か後には別の呼び名になっているかもしれません。

 一般外来で慢性的な腹痛(だいたい数週間から数か月以上)を訴える人の多くがこの疾患で、幅広い年齢の方に見られます。痛みは多くの場合食事や排便と関連して変化します。エコーや内視鏡検査で異常が見つからなかった場合、まずこの疾患が疑われます。

 ただし、高頻度でみられるがゆえに、ろくに検査をせずにこの病気であると決めつけてしまう医者が一定数いることも確かです。他院でこの病気と診断されていた人に内視鏡検査を実施すると癌が見つかった経験もあります。診断にあたっては胃カメラ、大腸カメラ、腹部エコーなどの画像検査を実施して、その他の病気を否定することが必要です。 

 特に高齢者の場合は癌でないことの証明が重要です。このため健康保険を用いた診療上のルールとして、機能性ディスペプシアの治療薬代表であるアコファイドは胃カメラで胃癌を否定した人にしか使ってはいけないことになっています。

 治療は症状に応じた対症療法を実施することが多いのですが、単剤で劇的によくなる人はまれです。いくつかの薬剤を組み合わせてその人に合った治療を模索することになります。時には漢方薬がよく効くこともあり、この疾患の方には私もよく漢方薬を処方しています。

6.腹痛は難しい

今回取り上げた以外にも、まれな腹痛の原因には胆道ジスキネジア、腹部てんかん、腹部片頭痛、急性間欠性ポルフィリン症、鉛中毒など、診断が難しいものが多くあります。研修医から腹痛が嫌われるのもよくわかる複雑さです。

お腹の痛みを自覚した際、まず市販の胃薬で様子を見られる方も多いかもしれません。確かに市販薬で痛みがよくなることもあるかもしれませんが、痛みがなくなったからといって早期に治療しなければならない病気が隠れていないとは言えません。少なくとも数週間以上腹痛が持続する場合は、消化器内科の専門医に一度相談することをお勧めします。