牡蠣による食中毒について(主にノロウイルスについて)
はじめに
みなさん、牡蠣は好きですか?
実は私はそれほど好きではないのですが、昔牡蠣好きの友人と食事に行った際には、生とか半生くらいで2,3個ペロッと食べてしまうので、好きな人はこんなにも食べられるのかとびっくりしたのを覚えています。
そんな大人気な食材の牡蠣ですが、残念なことに今シーズンは牡蠣を食べた後に胃腸炎になった患者さんが多く来院されています。
そこで今回は、牡蠣による食中毒ついて解説してみたいと思います。
ただ、実は世間でいうところの「牡蠣にあたった」という状態には、いくつかの異なる病態が含まれています。医学的に名前をつけるとノロウイルス感染症、ビブリオ菌感染症、牡蠣アレルギーの3つです。3つとも解説しますが、この中で最多のものはノロウイルス感染症ですので、本投稿の大半はノロウイスについての説明にしようと思います。
目次
- ノロウイルスはどこからやってくるのか?(余談です)
- ノロウイルスに感染すると・・・(感染経路、潜伏期間、症状、治療について)
- ノロウイルスに感染しないためには(感染予防について)
- ノロウイルスから回復した後の話(社会復帰について)
- どうしても牡蠣を食べたいあなたへ一言
- ビブリオ菌感染症について
- 牡蠣アレルギーについて
ノロウイルスはどこからやってくるのか?(余談です)
実はノロウイルスは牡蠣に感染している(牡蠣の体内で増殖する)訳ではありません。
牡蠣は体内で海水を濾過することでプランクトンを捕食しているのですが、この濾過の際に海水中のウイルスも濾し取り、体内に溜め込んでしまうという特性を持っています。
つまり、どこかから流れてきたノロウイルスは、牡蠣の体に引っかかってしまっているだけなのです。牡蠣にとってもノロウイルスは迷惑な奴なのです。
では、このノロウイルスはどこからやってくるのでしょうか?
従来は食中毒患者の便に含まれるノロウイルスがトイレと下水、河川を通じて海へと流れ込み、それを牡蠣が取り込んでいるのではないかと考えられていました(現在も主流はこの考えです)。
しかし日本を含む先進国では下水汚泥を焼却することが一般的になりつつあり、生きたノロウイルスが海水へ放出されることは減ってきています。
ところがこれに伴いノロウイルス感染症が減少するかというとそうではなく、この説の矛盾が指摘されるようになりました。
さらに2023年12月に面白い研究が発表されています。
詳細はリンクを参照して頂ければと思いますが、野鳥(渡り鳥)から排泄されたノロウイルスが牡蠣に取り込まれている可能性が示されています。この仮説を証明するにはまだまだ研究が必要と思われますが、ひょっとするとこれまで不明であったノロウイルスの生態が明らかとなり、教科書が書き換わるかもしれません。
ノロウイルスに感染すると・・・(感染経路、潜伏期間、症状、治療について)
さて、つい脱線してしまいましたが、こうしてノロウイルスに汚染された牡蠣を私達が食べると、ウイルスが私たちの腸管で増殖し、いわゆる急性胃腸炎の状態になります。
この増殖にかかる時間は、ボランティアへのウイルス投与試験の結果から24時間から48時間とされています(しかしこのボランティアの人たち、よくノロウイルスを飲むことに同意したなと思います。おそらく研究室に所属する大学院生達なんだと思いますが、今やるとSNSで炎上しそうな試験ですね)。
その他、牡蠣以外の感染経路として、感染状態にある他の人からうつることもあります。
感染者の便、吐物には大量のウイルス(下痢便1gあたり100万個)が含まれています。100個程度のウイルスが体内に入るだけで感染すると言われていますので、ノロウイルスの感染力は非常に強力です。
特にウイルスを含んだ吐物の一部は細かい粒子となって空気中を漂うことがあり、これが口の中に入るとそれだけで感染してしまいます。つまり吐物に触れなくても、嘔吐をした人の近くにいるだけで感染します。
また、ウイルスを含んだ粒子はしばらく感染力を保持します。誰かが嘔吐をした後の場所を通るだけでも感染する恐れがあります。思い当たるふしがないのにノロウイルスに感染するのはこのためです。
そこで医療機関で吐物を処理する際には重装備の上、専用のキットを用いて吐物が飛び散らないように厳重な注意を払います。
しかし家庭内でノロウイルスに感染した人が嘔吐した時には・・・マスクや手袋などの一般的な感染予防策はして頂きたいのですが、正直なところ感染しても仕方がないとあきらめるしかないように思います。
ノロウイルスに限らずウイルス性胃腸炎の症状としては、嘔吐(吐き気)、下痢、腹痛の3徴が見られることが典型的です。発熱が見られることもありますが、多くの場合37度台の微熱に留まります。
ノロウイルスには特効薬がありませんので、治療は整腸剤等の対症療法になります。このため、実はノロウイルスであるという診断を確定させることにはそれほど意味がありません。
(健康な成人の場合は)数日で自然治癒する病気ですが、嘔吐下痢が激しい場合には脱水を補正するために点滴が必要になります。さらに口から水分をとることが出来ず、脱水が強ければ入院になることもあります。
家庭ではスポーツドリンクやOS-1(経口補水液)などの、吸収が良く塩分を多く含む水分を意識して摂取するようにしましょう。吐き気がある時に冷え切ったものを一気に飲むと嘔吐や腹痛を誘発することがありますので、室温くらいのものを少しずつ飲むと、まだ水分を取りやすいと思います。
ノロウイルスに限らず急性胃腸炎は非常につらい感染症です。多くは数日で良くなりますので、水分補給を心掛けながら何とか乗り切って頂ければと思います。
ノロウイルスに感染しないためには(感染予防について)
牡蠣によるノロウイルス感染を予防するには、十分に加熱するしかありません(あるいはそもそも牡蠣を食べないか)。
生食用の牡蠣も売られていますが、これは大腸菌やビブリオ菌の個数が基準以下であることを保証しているだけで、ノロウイルスについては検査されていません。おそらくノロウイルスが発見される前に定められた基準だからこのような形になっているのだと思います。
生食用で売られているから安全な訳ではありませんので、生で食べる時は覚悟のうえで食べて下さい。
さらにノロウイルスは「十分」に牡蠣の「内部まで」加熱しないと感染力を失いません。「中心部の温度が85-90℃に達した状態で、90秒以上加熱」することが必要とされています。
しかし、通常の調理ではこれもなかなか難しいようです。
というのも、兵庫県立健康環境科学研究センターが10年ほど前に出した報告によると、とある牡蠣加工所で販売された牡蠣による食中毒事例では、加熱調理済みの牡蠣(家庭で調理した場合を含む)を食べた16名のうち12名が胃腸炎を発症したそうです。
よほどしっかり加熱しないと感染力は消えないということですが、牡蠣を食べるために温度計とタイマーを持参する人もいないと思いますので難しい問題です。
どんな調理方法なら安全なのか、誰か検証実験してくれないでしょうか?
全国の YouTuberのみなさん、出番ですよー。
ノロウイルスから回復した後の話(社会復帰について)
実は症状が消えてからも、ウイルスは便から排出され続けます。
多くの場合は症状消失後数日~1週間ほどでウイルスは消えますが、長い人では1カ月近くウイルスが排出されます。よってこの間は周りの人にうつしてしまう可能性があります。
ただ、だからといって1カ月も隔離する必要はないと思います。
トイレの後は必ず石鹸で手をしっかり洗うようにして、ウイルスを広げないように心がけるくらいで十分と思います。
ちなみに学校保健法では、ノロウイルスを含む胃腸炎の場合は症状が消失すれば登校しても良いことになっています。
どうしても牡蠣を食べたいあなたへ一言
国立感染症研究所が2003年に出したノロウイルスの解説の一部を抜粋しておきたいと思います。
「確かに、カキはノロウイルスの感染源となるが、ウイルスはカキで増えないのだから、カキに罪はない。十分に加熱して調理すれば、全く安全なのである。分かってはいるのだが、カキ好きはどうしても生で食べたくなる・・・。」
解説ではなく完全に個人の感想になっていますね。
まぁ感染症の専門家も覚悟を持って生牡蠣は食べるということのようです。
ビブリオ菌感染症について
牡蠣にあたった際の原因、2つ目はビブリオ菌感染症です。
ビブリオ菌は海水中に生息する細菌で、魚介類を生で食べた後に胃腸炎を引き起こすことがあります。水温15℃以上で活動が活発になる菌ですので、元々は夏場に魚介類による食中毒を起こす菌として知られていました。
しかし近年では冬場にも食中毒を起こしたとする報告が散見されており注意が必要です。
様々な魚介類で食中毒の原因となりますが、特に貝などの軟体類や甲殻類で増殖しやすい菌であり、生牡蠣を食べた後に感染することもあります。
菌は熱に弱く61度で10分以上加熱することで殺菌することが出来ます。
ノロウイルスとの違いは大きく2つあります。
1つ目は「ビブリオ菌は牡蠣の内部で増殖する」という点です。
ノロウイルスは牡蠣を室温で放置しても増えることはありませんが、ビブリオ菌は増殖します。このため、生食用の基準を満たす牡蠣(出荷時点でビブリオ菌がほとんどいない牡蠣)であっても、室温で放置すると菌が増えてしまい食中毒を起こす危険性があります。少なくとも10度以下での保存を心掛けて下さい。
2つ目は「ビブリオ菌は毒素を産生する」という点です。
この毒素が消化管粘膜を傷付けるために嘔吐・下痢などの症状が出るのですが、注意が必要な点として毒素は耐熱性です。つまり毒素を産生した後の菌を加熱処理して殺菌しても、毒素自体は残るため食中毒は起こってしまいます。このため菌を増やさないように低温で保存し、冷蔵庫(冷凍庫)から出した後は早めに加熱調理することが重要です。
症状はノロウイルスと同様ですが、毒素が体内に多量に取り込まれると菌の増殖を待つことなく症状が出現します。原因となる食材を食べてから4時間から24時間くらいで発症すると言われています(ノロウイルスより早めです)。
肝硬変などの基礎疾患を持つ人では時に重症化して命に関わることもありますので、私は肝硬変の患者さんには夏場に生の魚介類を食べないように指導しています。
治療法もノロウイルスとほぼ同様です。細菌なので抗生物質を使いたくなりますが、抗生剤を使用しなくても3日以内に80%の患者さんで自然と菌は排除されます。症状が強い場合や、基礎疾患がある場合にのみ抗生剤の使用を考慮します。
というわけで、実はビブリオ菌感染症とノロウイルス感染症には症状・治療内容ともに大きな違いはありません。あまり見分ける必要もないので、入院が必要になるような状態でもない限りどちらも診断のための検査(抗原検査や培養検査)をせずに対症療法のみで十分だと思います。
ただしビブリオ菌の毒素には心臓に対する毒性があり、心臓に関連した症状が見られる場合には注意が必要です。
牡蠣アレルギーについて
牡蠣アレルギーは厳密に言うと食中毒とは異なります。しかし食中毒に類似した嘔吐・下痢などの症状が出ることがあり、時に胃腸炎と誤診されることもあります。牡蠣アレルギーと食中毒とを混同すると、重篤なアレルギーであるアナフィラキシーを誘発する危険性もありますので、敢えて本稿の中で取り上げておきたいと思います。
アレルギーの本質は「むくみ」です。牡蠣アレルギーの場合も、どこに「むくみ」が現れるかによって多彩な症状が見られます。
例えば皮膚に「むくみ」が出るといわゆる蕁麻疹になります。この場合はアレルギーとして理解しやすいと思います。
また、消化管に「むくみ」が出ると吐き気や下痢、腹痛などの症状が出ます。
さらに、気管に「むくみ」を生じると窒息することもり、時に重篤なアレルギーは死のリスクがあることが分かります。
牡蠣にあたった後は10年は牡蠣を食べてはいけない、という格言(?)がありますが、実はこれは牡蠣アレルギーのことを指しているのだと思われます。しかし牡蠣アレルギーの方は10年と言わず、2度と食べない方が無難です。
牡蠣を食べて数時間以内に症状が出た場合や、適切な保存・調理をした牡蠣を食べたのに症状が出た場合は、牡蠣アレルギーの可能性も疑って下さい。