マイコプラズマのすべて ~その1、基礎知識編~

はじめに

今回はマイコプラズマについて解説したいと思います。

タイトルはちょっと言い過ぎかもしれませんが、マイコプラズマについて出来るだけ詳細に解説してみました。

内容的には一般の方から看護師・医学生・初期研修医くらいを対象としています。

目次

  1. マイコプラズマにはいくつかの種類がある(本投稿はマイコプラズマ・ニューモニエについて解説しています)
  2. マイコプラズマの細菌としての特徴
  3. 風邪と肺炎との違い
  4. 感染経路

1.マイコプラズマにはいくつかの種類がある(本投稿はマイコプラズマ・ニューモニエについて解説しています)

マイコプラズマ感染症とは「マイコプラズマ属」に分類されるいくつかの細菌による病気の総称です。マイコプラズマ属の細菌は「マイコプラズマ・〇〇〇」という風に名前が付けられています。「マイコプラズマ」が姓で「〇〇〇」が名のような感じですね。

私達ヒトに感染して問題を起こすマイコプラズマ属の細菌は概ね3種類です。肺炎や風邪の原因となる「マイコプラズマ・ニューモニエ」と尿道炎や子宮頸管炎といった性感染症の原因となる「マイコプラズマ・ホミニス」「マイコプラズマ・ジェニタリウム」とになります。単純に「マイコプラズマ」と検索すると両者の情報が表示されてしまいますので、混同しないように注意が必要です。

今回の投稿では2024年11月現在も西宮で猛威を振るっている「マイコプラズマ・ニューモニエ」に限定して解説します。ニューモニエとは肺炎のことなので、この菌は「肺炎マイコプラズマ」と呼ばれることもあります。

以下で「マイコプラズマ」と書いている場合は全て「マイコプラズマ・ニューモニエ」のことだと思って下さい。

2.マイコプラズマの細菌としての特徴

こちらは医療従事者向けの内容ですので、難しく感じる方は読み飛ばしてもらっても大丈夫です。

マイコプラズマは細菌に分類される微生物ですが、一般の細菌とは異なり、ウイルスに近い特徴を持っています。

その特徴の1つ目は小さいことです。増殖可能なマイコプラズマの大きさは最小で0.3μmほどとされています。一般的な細菌の大きさが1~5μm、ウイルスの大きさが0.1μm前後とされているので、大きさ的には細菌とウイルスの中間に当たります。この小ささにより、基本的な細菌の検出法であるグラム染色(光学顕微鏡による観察)ではマイコプラズマを見つけることが出来ません。

ウイルスに類似した特徴の2つ目は細胞壁を持たないことです。細菌は細胞膜の外側に細胞壁という硬い殻を持っていますが、マイコプラズマは持っていません。このことは治療に大きな影響を与えます。なぜなら細菌に対する特効薬である抗生物質のうち、多くのものは細胞壁の合成を阻害することで効果を発揮するからです。細胞壁を持たないマイコプラズマにはこの種の抗生剤が全て無効になります。大まかなイメージとして、世に出ている抗生剤の半分は効かないと思ってもらうと、その影響の大きさが分かると思います。最も有名な抗生物質であるペニシリンも細胞壁の合成を阻害する薬剤ですので、マイコプラズマには無効です。

3つ目の特徴は細胞内に侵入することです(細胞内寄生菌と呼ばれます)。マイコプラズマは主に気道の細胞表面に付着して増殖しますが、細胞内に侵入することも可能です。一般に細菌は宿主の細胞外で、ウイルスは宿主の細胞内で増殖するため、マイコプラズマのこのような振る舞いもウイルスに近いと言えます。

このようにウイルスに近い特徴をいくつも持つマイコプラズマですが、ウイルスではなく細菌に分類されていることには理由があります。細菌とウイルスとを隔てるのは自己増殖能の有無です。ウイルスは自身の複製を作るためのタンパク質を自分では持っておらず、感染先の細胞(私達の細胞です)が持っているタンパク質を勝手に利用して増殖します。言い換えるとウイルスは感染先の細胞がないと単独では増殖できませんが(自己増殖能を持たない)、細菌は栄養さえあれば自由に増えることが出来ます(自己増殖能を持つ)。マイコプラズマは増殖に必要なタンパク質を自前で持っていますので、感染先の細胞の助けを借りずに増殖することが出来ます。ちなみにマイコプラズマは自己増殖可能な最小の生物です。

このような特徴から、「細菌の増殖に必要なタンパク質」をターゲットにした抗生剤はマイコプラズマにも効果があることが分かります。実際に、リボソーム(タンパク質を合成する機能を持つ)を阻害するマクロライド系やテトラサイクリン系、DNAジャイレース(絡まったDNAをほどく機能を持つ)を阻害するニューキノロン系抗生剤はマイコプラズマに良く効きます。

3.風邪と肺炎との違い

マイコプラズマは風邪と肺炎という2つの病態を引き起こす可能性を持っています。マイコプラズマを理解するためには、この2つの病態の違いを理解する必要があります。

まず風邪を医学用語で正確に表記するなら「急性上気道炎」ですので、「上気道」に起こった感染症を表している言葉だとわかります。では、「上気道」ってどこでしょうか?

「気道」には本来細かな分類がありますが、便宜上、気道を鼻・喉・気管・肺の4つの臓器に分けて考えましょう。このうち臨床的に「鼻・喉・気管」の3つを上気道とすると風邪の症状を理解しやすいです(解剖学的には気管は下気道にあたりますが、ここでは上気道と考えた方がスッキリします)。

上気道のうち鼻に感染が起こると鼻水や鼻詰まりなどが起こり、喉に感染すると喉が痛くなり、気管に感染すると咳が出ます。

上気道炎の多くはウイルスによるものですが、一般にウイルスは複数の臓器に感染するため、風邪の典型例では鼻・喉・気管といった異なる臓器の症状が同時期に現れます。つまり鼻水や喉の痛み、咳といった症状が複数認められます。

一方、肺炎は細菌感染が主体ですが、細菌感染は単独の臓器に生じることが大半です。したがって肺炎では肺に限局した症状として咳や痰・胸痛などが見られますが、鼻水や喉の痛みはないことが多いとされています。

さらに細菌感染症はウイルス感染症よりも症状が強いとされています。この原則通り、肺炎の方が風邪よりも高熱で倦怠感が強いことが多く、容態も悪化しやすいため注意が必要です。風邪で入院になることは滅多にありませんが、肺炎で入院になることが多いのはこのためです。

マイコプラズマは細菌とウイルスの中間にあたる生物であるため、風邪の症状と肺炎の症状、どちらも出ることがあります。マイコプラズマが気道のどの臓器に感染するかで症状や重症度が変わってくることを理解しておく必要があります。

4.感染経路

マイコプラズマは飛沫感染します。

感染している人が咳やくしゃみをすると、マイコプラズマを含んだ小さな水滴(飛沫)が飛び散ります。

一説によると、くしゃみをすると約4万個の飛沫が、5分間会話をするだけで3万個の飛沫が飛び散ると言われています。

これらの飛沫からの感染経路は2通りです。

  • 飛沫を直接吸い込む
  • 飛沫が付着した机やドアノブなどを手で触り、菌がついた手で鼻や口を触る

ただしこれらの飛沫は1~2メートル程度しか飛びませんので、短時間の暴露で感染することは稀です。新型コロナと同様に、マスクを外した状態で、手で触れられるくらいの距離で、15分以上の接触をしたり、会話や会食をした、といった場合に感染のリスクが上がります。

このためマイコプラズマの学校における集団感染では、ただのクラスメイト同士で感染することは少なく、仲の良い友達同士や部活内などで感染が広がることが多いようです。

感染予防にはマスクの着用やこまめな手洗いが重要です。

また、マイコプラズマは環境の変化に強い菌ではありませんので、60℃で1分以上加熱したり、エタノールによる消毒で簡単に死滅します(70%エタノールで1分以内、50%エタノールで10分以内に死滅)。消毒液ではエタノール以外にも50~70%イソプロパノール,3%クレゾール石鹸液なども有効です。