シリーズ「癌とは」-②癌は細胞が増える病気
癌の本質を表す言葉
私が医学部に入学してすぐの頃、生物学の講義で講師の先生が私を含めた学生たちに向かって質問をされました。
「君たち、癌とそれ以外の病気の違いがわかるか?」
この質問に当時医学部に入ったばかりの私や同級生はうまく答えられませんでした。
癌は不治の病だとか漠然としたイメージはあったのですが、具体的に他の病気との違いを聞かれると意外に答えづらいことに戸惑ったことを覚えています。
みなさんはどうでしょうか?何か答えを思いつきますか?
この際に講師の先生が示された答えは
『癌以外の病気は基本的に細胞が減っていく病気だが、癌は「癌細胞」と呼ばれる異常な細胞が「際限なく」増える病気である。』
というものです(少しだけ私の経験を踏まえて修正していますが、概ねこのような内容でした)。
この言葉に出会ってから20年以上たちますが、未だにこれ以上に癌の本質を表した言葉はないと思います。
みなさんが癌について学びたいと思うなら、ぜひこのキーフレーズを覚えて頂きたいと思います。
というのも、癌という病気の経過、治療法、治療への反応、それら全てを理解するためには、この「癌は細胞が増えていく病気」という考え方が土台となるからです。
この言葉を覚えて頂ければ、癌について理解して頂くという本シリーズの目的はほぼ達成できたも同然です。
癌細胞の異常性(その1)
それでは、ここからはキーフレーズの理解を深めるために、癌細胞の異常性についてもう少し掘り下げていきたいと思います。
私たちの体を構成する細胞は、本来であればその細胞に固有の役割を持っています。例えば、皮膚の細胞は物理的な刺激から体を守る役割を、舌の細胞は味覚を感じる役割を、筋肉の細胞は収縮して体を動かす役割を担っています。
癌細胞も元はこうした何らかの役割を担っていた普通の細胞だったのです。
しかし正常の細胞から癌細胞へと変化する中で、癌細胞は本来の役割を忘れてしまいます。
結果的に癌細胞は元々の役割を完全に放棄したり、部分的にしか役割を果たせなかったり、過剰に働いてしまったり、全く別の役割をこなしはじめたりします。
この結果ホルモンバランス、電解質濃度、血液凝固能など、一定のバランスを保つことが大事な機能に悪影響が出ることがあります。
つまり癌細胞とは本来の役割を忘れて勝手なことをしている細胞であり、これこそが癌細胞の異常性の一つ目です。
癌細胞の異常性(その2)
では次に癌細胞のもう一つの異常性、「際限なく」増える、という点を詳しく見ていきたいと思います。
実は前述のように「本来の機能を失った細胞」というだけでは癌細胞とは言えません。
医学的に本来の機能を失った細胞の塊のことを「腫瘍」と呼びますが、この腫瘍に「良性腫瘍」と「悪性腫瘍」とがあるという話を聞いたことはありませんか?
良性腫瘍とは、際限なく増殖することがないため、周囲の正常組織に悪影響を与えず、放置しても問題のない腫瘍のことです。
一方で悪性腫瘍とは、際限なく増殖するため、周囲の正常組織を破壊し、放置すると死に至る腫瘍のことです。
癌の特徴は「際限なく増える」ことでしたので、癌であれば必ず悪性腫瘍に分類されます。
正確には悪性腫瘍は癌以外の病気(肉腫など)を含みますが、簡便のため「癌=悪性腫瘍」と覚えてもらって大丈夫です。
「浸潤」と「転移」
このように際限なく増える癌細胞ですが、実はその増え方には2通りあり、医学用語で「浸潤」と「転移」と呼ばれます。
この2つに関しては、特に説明なく使用する医者も多いため、一般の方も覚えておいた方がいいと思います。
「浸潤」とは癌がある一定の場所で塊を作りながら、周囲の正常組織を破壊しつつ増殖することを指します。比較的イメージのしやすい増え方と思います。
一方、「転移」とは、ある場所で生まれた癌細胞が、血液やリンパ液などの流れに乗り離れた場所に運ばれた結果、流れ着いた先で増えることを指します。例えば胃で生まれた癌が突然肝臓や肺に広がることがありますが、それらを胃癌の肝転移や肺転移などと呼びます。
転移を起こした癌は難治性になりますので、転移があるかどうかは治療方針を決める上でも重要な問題となります。
まとめ
癌以外の病気は基本的に細胞が死んでいく病気です。
しかし癌は細胞が増えていく病気です。
細胞が増えるだけなら喜ぶべきことなのですが、問題は増えるのが本来の役割を放棄したような異常な細胞であることと、正常の組織を壊しながら際限なく増えてしまうことです。
増えた細胞は体にとって役立つようなことをしないばかりか、時には余計なことをせっせとやるので、色々なバランスが崩れてしまいます。さらには正常組織が一定以上壊れると様々な臓器障害が生じてしまいます。
このため癌を放置すると体の機能がどんどん低下してしまい、やがて生命を維持できなくなってしまうのです。
どうでしょうか?癌と言う病気がイメージできるようになったでしょうか?