シリーズ「癌とは」-⑧遺伝子検査が持つ意味

 

癌を分類する新しい方法として「遺伝子検査」による分類が登場した

 本シリーズの第4回「個々の癌の特徴を知る」では、癌を「原発」「組織型」「ステージ」の3つによって分類することを説明しました。

 近年、第4の分類として「遺伝子検査」による分類が注目されるようになり、実際に治療方針を決める上でも活用され始めています。

 そこで今回は遺伝子検査が持つ意味について解説したいと思います。

どの遺伝子に異常があるか調べることで、抗がん剤の効果を予測できるようになった

 さて、遺伝子とは「細胞の設計図」のことでした。

 本シリーズの第3回「癌が出来るメカニズム」では、癌細胞の持つ設計図には多くの破損があり、そのために癌は本来の役割を放棄し、際限なく増殖するようになってしまうことをお伝えしたと思います。

 近年の多くの研究の結果として、設計図の特定部位の破損と、ある種の抗がん剤の効果とに関連があることが分かってきました。

 これを受けて設計図のどの部位に異常があるかを調べることで、抗がん剤の効果をある程度予測できるようになってきました。

 この「癌細胞の持つ設計図のどの部位に異常があるか調べる検査」のことを「遺伝子検査」と呼びます。

 遺伝子検査により無駄な薬の使用を避け、より効果の高い治療を受けることが出来るようになりつつあります。

設計図(遺伝子)の異常を調べる方法(遺伝子パネル検査を含めて)

 設計図の異常を調べる方法は大きく2つに分けられます。

 ある特定部位に異常があるかどうかを調べる検査と、設計図の多くの場所(概ね100か所以上)を同時に調べる検査です。

 前者は癌の原発部位や組織型に応じて、よくある設計図異常の有無を調べます。

 胃癌におけるHER2遺伝子検査、大腸癌におけるRAS遺伝子検査、各種固形癌におけるMSI検査などがこれに当たります。

 この種の検査は比較的安価で、検査結果によってどの治療を選ぶべきか明確に決まっており、既に日本国内の医療機関では一般化された検査です。

 後者は癌の種類に関わらず、抗がん剤の効果に関連する設計図異常を網羅的に調べる検査で、遺伝子パネル検査と呼ばれます。

 これによって「原発」や「組織型」、「ステージ」による従来の分類では本来使用されない薬でありながら、「あなたの癌」に特異的に効果がある薬が見つかる可能性があります。

 個々の癌に応じたオーダーメイド医療を目的とした検査ですが、費用は高額です。

 さらに結果を解釈するために複数の専門家が集まって会議をする必要があり、結果が判明するまでに2か月前後かかることが一般的です。

 また、検査をしても必ず新しい薬が見つかるわけではなく、推奨された薬に効果があるとも限りません。

 最大の問題点として、推奨される薬の多くは保険適応にはなりにくく、実際の治療は自由診療として全額自己負担となることが多いため、金銭的負担が莫大です(保険会社が提供しているがん保険の中には、この費用を払ってくれるものもあります)。

 保険診療制度が医学の進歩に追い付いていないと言ってもいいかもしれません。

 以上を踏まえた私個人の正直な意見として、遺伝子パネル検査はまだ世間が期待するほどの効果のあるものではないと思います。

 将来性は期待できるものの、2023年の段階でもまだ発展途上の検査だと私は思っています。

遺伝子検査の持つ倫理的な問題

 遺伝子検査には倫理的な問題もあります。

 この検査は本来、癌の治療方針を決めるためのものです。

 しかし副次的な効果として、遺伝性疾患(親から子に一定の確率で伝わる病気)を見つけてしまうことがあります。

 例えば第三世代の抗がん剤の有効性を調べる検査であるMSI検査は、リンチ症候群という病気を見つけてしまうことがあります。

 この疾患の方は比較的若年で大腸癌や子宮体癌を発症しやすく、親がリンチ症候群であった場合、50%の確率で子供もリンチ症候群となります。

 もしも自分がリンチ症候群であるとわかった場合、親族にも複数のリンチ症候群の方が見つかる可能性が高いということです。

 この場合、若くして自分がリンチ症候群であるとわかった方は、定期的に検査を受けることで癌を早期に発見することが出来るかもしれません(診断によるメリット)。

 しかし逆にこの病気であることによって、婚姻や就職、民間の医療保険に加入する機会などに何らかの差別的な扱いを受けることがあるかもしれません。あるいは知らなければ感じることのなかった将来に対する不安感などに苛まれるかもしれません(診断によるデメリット)。

 これらの問題に対応するため、遺伝性疾患と診断された方やそのご家族は「遺伝カウンセリング」という名の心理的・社会的な支援を受けることができます。

 きちんとしたカウンセリング体制の整った病院で検査を受けられることをお勧めします。

まとめ

 遺伝子検査は癌細胞の設計図のどこに異常があるか調べることで、抗がん剤の効果を予測するものです。

 これによりより質の高い治療を受けることが出来ます。

 ただし検査の精度、費用、倫理的な問題など、解決すべき問題点も多い発展途上の検査です。

 あくまでがん診療の助けとなる検査の一つと考え、過大な期待も、過小な評価もすることのないように冷静に取り扱う必要があります。

 今後この検査がさらに発展し、多くの恩恵が癌患者さんにもたらされることを願っています。