シリーズ「癌とは」-④個々の癌の特徴を知る

 

はじめに

 前回までは、癌という病気の大まかなイメージについて説明しました。

 癌は異常な細胞が際限なく増える病気で、細胞の設計図が破損することで発生するのでしたね。

 それでは、今回からは癌を理解するための次のステップに進みましょう。

 癌のイメージがつかめたら、次は個々の癌の個性を理解し、治療方針を決めるための分類をする必要があります。

癌は患者さんごとの差が大きい病気

 実は癌は患者さんごとの差が大きい病気です。

 というのも、癌はもともとみなさん自身の細胞からできてきます。元となる一人一人の人間に個性があるように、癌にも個性があるのです。

 個々の癌で進行の速度、治療への反応などは全く異なります。

 癌はひとつの病気というよりも、むしろ似た特徴を持った病気の集まりであると言った方が良いくらいです。

 このように癌は非常に個性豊かですので、単一の治療が全ての癌に有効であることはまずありません。どのような治療法であれ、一部の癌にしか有効性は認められないことが大半です。

 そこで治療を実施する際には、個々の癌の個性に合った治療を、言い換えるなら「あなたの」癌に有効性が高い治療を選んで実施する必要があります。

 そこでどのような癌にどんな治療が効くのか調べるために、癌をいくつかの特徴から複数のグループに分け、それぞれのグループごとに有効な治療法を調べることが古くから行われてきました。

癌の分類に用いる3つの特徴

 このグループ分けの際に用いられる特徴には様々なものがあり、最近では遺伝子を調べることが流行しています。

 しかし遺伝子の種類はたくさんあり、全てを網羅することは専門家でもない限り現実的ではありません。さらに遺伝子異常による分類は、ある程度の分類が決まった後の細分化に用いられることが多いためどちらかと言えばマニアックな分類です。

 結論として、一般の方が癌の遺伝子異常について詳しく学ぶ必要はないと思います。

 では、もしあなたが癌になったとして、知っておくべきあなたの癌の特徴とはどんなことでしょうか?

 私からはまず3つの特徴について理解することをお勧めさせて頂きます。

 その3つとは「原発」と「組織型」と「ステージ」になります。

 ここからはこの3つの特徴について説明していきます。

「原発」による癌の分類

 「原発」とは癌がどこから発生したかを表す言葉です。

 癌は元となった細胞の特徴を受け継いでいることが多いため、原発が同じ癌は一定の特徴を共有しています。

 原発かどこかは治療方針を決めるにあたっても基本となる情報です。

 このため、癌は原発部位に応じて名前が付けられます。

 つまり胃から発生した癌は「胃癌」と呼ばれますし、肺から発生した癌は「肺癌」と呼ばれます。

 注意点として、胃から発生した癌が肺に広がっても肺癌とは呼ばれません。

 現在癌が存在している場所ではなく、初めに癌が出来た場所に応じて名前がつけられるため、胃癌は肺に広がっても胃癌のままですし、肺に存在する癌であっても肺から発生したのでない限り肺癌とは呼びません。

 胃癌は肺に広がったとしても「胃から発生した癌の特徴」を保ち続けていますので、この呼び方は合理的です。

 日本人がアメリカに移住したとしても急にアメリカ人にはなれないように、癌も存在する場所が変わってもその特徴は変わらないのです。

 ですので、たまに「胃癌と肝臓癌と肺癌になった」とおっしゃる方がおられますが、多くの場合なったのは「胃癌」か「肝臓癌」か「肺癌」かのどれか1つだけです。実際はどれか1つの癌が残り2つの臓器へと広がった状態であることが大半です(もちろん3つの臓器から別々に癌が発生した非常に運が悪い方もおられるかもしれませんが・・・)。

「組織型」による癌の分類

 次に「組織型」について説明します。

 組織型とは癌を顕微鏡で見た時の特徴、細胞レベルでの特徴です。形態的な特徴や、どんな細胞に似ているかによって名前がつけられます。

「病理診断」と呼ばれることもありますが、本シリーズでは「組織型」で統一します。

 組織型は原発による命名とは別に癌を特徴づけるものです。

 ただし組織型に関する説明は医師から省略されることがあります。

  • 原発部位によっては、ほぼ組織型が一つに決まっている
  • 組織型の内容は専門的であるため、説明しても理解されないことが多い
  • もともとの知識がない患者さんが多いため、説明しても混乱させるだけになりがち

 などが主な理由かと思います。

 代表的な組織型には「腺癌」や「扁平上皮癌」といったものがあります。それぞれ進行速度や抗がん剤・放射線に対する感受性に一定の傾向がありますので、治療方針を決める際の参考になります。

 また、組織型の亜分類として、「分化度」というものがあります。

 癌細胞とは「本来の役割を忘れた」細胞でしたが、細胞が何らかの役割を獲得することを「分化」と呼びます。

 つまり「高分化」とは本来の役割の多くを保っている細胞のことで、「低分化」とは本来の役割の多くを忘れている細胞です。

 非常に分化度が低く、ほぼ特徴のない細胞になったものは「未分化癌」と呼ばれることもあります。

 基本的に「高分化」より「低分化」な癌の方が増殖が活発で転移もしやすく、難治性です。

「ステージ」による癌の分類

 最後に「ステージ」について説明しましょう。

 有名な言葉ですが、少し言葉が一人歩きしているようで、きちんと理解できている方は意外に少ない印象です。

 端的にいうと「ステージ」とは「癌の広がり」のことです。癌細胞がどんどん増えた結果、どこまで広がっているかを表す言葉になります。

 具体的にはⅠ~Ⅳまでのローマ数字で表され、数字が大きくなるにつれて癌が広範囲に存在していることを表します。

 また、一部の癌ではⅢA、ⅢBのようにアルファベットをつけてさらに癌の広がり具合を細分化することもあります。

 各ステージの基準は原発臓器(または組織型)ごとに決められています。

 ただし最も癌が広がった状態であるステージⅣの基準は多くの場合共通しており、「原発以外の臓器に転移があること」とされています。

 このステージがなぜ重要かというと、それはステージにより治療方針の大半が決まるからです。

 ここで癌治療の歴史の話を少しだけします。

 昔は癌の治療は医者の経験則によって決まっていました。
 しかしそれでは受診できる医師や住む場所によって受けられる治療の水準が決められてしまうことになります。

 たまたま近くに名医がいれば良いのですが、必ずしもそうとは限りません。

 そこで全国どこでも最良の医療が受けられるように、癌を細かに分類し、分類ごとに治療方針を決めようという運動が起こりました。

 これを「治療の標準化」と呼びます。

 これによって定められた、「あなたの癌の個性に合った科学的に最も効果の期待できる治療」のことを「標準治療」と呼びます。

 この標準治療を決める際に用いられる分類こそがステージです。

 つまり「あなたは○○原発の癌のステージ〇〇なので、Aという治療が最も効果があります」ということが現在は広く公表されており、医師はそれに従って治療をするようになっているのです。

 ただしあるステージに対してAとBという二つの治療法が同等の成績を示すこともあります。

 この場合は標準治療としてAとBの両方が認められており、どちらを選ぶかが医師の腕の見せ所です。

 患者さんの希望、病状、社会的背景、その地域で得られる医療資源などを考慮して治療法は提案されます(されるはずです)。

 ステージに関するよくある誤解は「ステージとは余命を表すもの」というものです。

 確かにステージと余命との間には一定の相関がありますが、本来ステージは余命を表すものではなく、治療方針を決めるためのものです。

 つまり、「ここまでの癌の広がり(ステージ)であればこの手術で完治する可能性が高い」「このステージまでなら手術の後に抗がん剤治療をした方が再発を予防できる」「このステージ以上であれば手術をしても余命は延びない」「このステージの人には抗癌剤を投与することで余命が延びる」といった風に、ステージごとに最適な治療を見つけ、治療方針を統一するためにステージは作られています。

 特にステージⅣはある基準を越えれば全ての患者さんが該当してしまいますので、軽症のステージⅣから重症のステージⅣまで様々な方がおられます。

 ステージと余命との相関は副次的なものであり、それだけに捉われて悲観し過ぎる必要はありません。

 癌への向き合い方を表す格言に「最善を期待しつつ最悪に備える」というものがあります。

 どんなステージであっても病状が良くなる期待を持つことは当然のことだと思いますし、是非持って頂きたいと思います。

 しかし同時に癌が難治性の疾患である以上は、万が一の場合に備えることも必要です。

 このあたりのバランスはとても難しく、どうしても悲観と楽観との間を揺れ動いてしまうものです。

 このため上手に病気と向き合うためには医師や看護師、あるいは家族のサポートが重要だと思います。

まとめ

 以上が「原発」「組織型」「ステージ」の説明です。

 癌の治療を受けるにあたっては少なくとも「原発」と「ステージ」について理解しておきましょう。

 また、自分が今どのよう状態で、どんな治療法があるのか調べる際にも、この2つに注目して調べると良いと思います。

 逆に言えば、この2つについて記載がない(特に原発について記載がない)情報は信用しない方が良いでしょう。