シリーズ「癌とは」-⑤癌治療の目的を間違えてはいけない

 

 今回の投稿を読み直してみると、患者さん向けというよりは若手医師向けの話になってしまっているかもしれません。ただし患者さんにとっても知っておくべき内容だと思いますので、医者がどのように考えながら治療方針を決めているかを知って頂ければと思います。

「癌を小さくする」ことは手段であって目的ではない

 前回までに「癌とは異常な細胞が際限なく増え続ける病気であること」や、個々の癌は「原発」「組織型」「ステージ」という3つの点から特徴付けられることなどを説明してきました。

 それでは今回からは治療の話に移っていきたいと思います。

 癌治療を受ける際に間違えてはならないのは治療の目的です。

 と言うのも「癌を小さくする」ことは究極的には手段の一つであり目的ではないからです。

 時々医師も患者も手段と目的をはき違えてしまうことがあり、結果は往々にして不幸なことになります。

 そのようなことにならないよう、まずは癌治療の目的とは何かをはっきりとさせておきましょう。

 全ての医療行為は「その患者さんが望むような生き方で、出来るだけ長く生きられるようにすること」が目標です。

 癌治療も決して例外ではありません。

 しかし医者は「癌を小さくすること」に拘りがちです。

 確かに癌を小さくすることが結果的に寿命の延長に繋がり、患者さんにとって良い結果になることが多いのは事実です。

 ですが例えば余命1年の癌患者さんがおられたとして、この方の癌が治療により消えたとしても、強い副作用によって余命が9カ月へと短くなってしまっては本末転倒ではないでしょうか?

 「癌を小さくする」という手段に捉われすぎると、このような間違いを犯してしまいます。

3つの目標のバランスをとって治療方針を決める

 ただし患者さんの望むような生き方を知ろうとして、「どのように生きたいですか?」と聞いても、すぐに返事が出来る方は少ないように思います。

 私も癌患者さんの主治医をしている時にはよく「これから癌治療を始めていきますが、治療とは別に私生活で何かやっておきたいことはないですか?」とか「治療を受けるにあたって医師に伝えておきたいことはないですか?」とか、手を変え品を変え色々と聞いてみたのですが、多くは「特にないです・・・」という返事でした。

 日本人の国民性なのか、私の聞き方が悪かったのか分かりませんが、明確な意思を持っておられる方のほうが少数派だと思います。

 これは普段から癌について考える機会、知る機会がないことが原因なのかもしれません。

 もっと癌について情報発信が必要だと反省するばかりです。

 それでは特に意思表示がない場合や、希望を聞かれてもすぐには答えられない場合、どうやって治療方針を決めれば良いのでしょうか?

 いろいろな意見があると思いますが、

 私は3つの目標のバランスを取りながら治療をしていました。

 その3つとは

  1.  寿命の延長
  2.  癌の消滅ないし縮小
  3.  症状のコントロール

 です。

 これらは独立した目標というよりは相互に深く関連しており、どれか1つを叶えようとすれば、自ずと残り2つも叶える必要が出てきます。

 重要なのはどれか一つに捉われて他の2つを疎かにしないことです。

 これらのバランスが上手くとれている場合、患者さんご自身やご家族さんにも治療に満足いただけていたように思います。

 もし何か特別な希望が患者さんにあるようなら、それを第4の目標として加えたり、あるいは3つの目標のバランスを変更することで上手く対応できます。

 以下に3つの目標のそれぞれについて、詳しく解説していきます。

寿命の延長

 1番目の寿命の延長は最も重視すべき目標です。

 一般的には手術や抗がん剤などの治療(標準治療)を積極的に行った方が寿命の延長に繋がりますが、患者さんの状態・体力によっては強力な治療をしない方がより寿命を伸ばせることもあります。

 患者さん個々の状態に応じて、寿命の延長に最大限寄与する治療法を考える必要があります。

 ただし忘れてはならないこととして、寿命の延長が単なる苦痛の延長にならないように注意しなければなりません。

癌の縮小ないし消滅

 2番目に関しては、出来るなら癌を消滅させることが治療の目標です。

 本当に癌が消えたなら、それは寿命を大きく伸ばすことにつながります。

 しかし癌が一定範囲をこえて広がってしまうと、癌を完全に消滅させることは難しくなります。

 この場合の現実的な治療目標は癌細胞の増殖抑制、言い換えると癌の縮小または現状維持になります。

 完全に癌を消すことが難しくても、癌の進行を遅らせることでも寿命は大きく伸びるからです。

 ですから、癌を完治させることが難しくても悲観的になりすぎることはありません。

 最近の癌治療の進歩には目覚ましいものがありますので、昔なら一年と持たなかった人が最近は何年も生きられるようになったりしています。

 「最善を期待しつつ最悪に備える」の精神で、是非希望を持って過ごして欲しいと思います。

 ただしここでも忘れてはならないのは、たとえ癌を縮小させられるとしても、寿命を短くしたり、耐えがたいほどの副作用がでるような治療を選んではいけないということです。

 癌の縮小とは眼で見て理解できるわかりやすい目標です。医者も患者さんもご家族も、ついそこに捉われてしまい他の2つの目標を忘れがちです。

 特に専門家である医者は冷静になって、今の治療が本当に患者さんのためになっているのか、よく考える必要があります。

症状のコントロール

 3番目の症状のコントロールは「緩和医療」とも呼ばれるものです。

 緩和医療は過小評価されることが多い治療です。

 というのも、癌の消滅・縮小を目指した治療が出来なくなった人が受ける治療とみなされていた時期があり、一般の人の中には緩和治療を受けるようになったらもう自分は終わりだ、というようなイメージを持った方もおられるように思います。

 しかしこれらのイメージは誤りです。

 なぜなら、辛い症状があるのにそれを我慢して手術や抗がん剤などを受けなければならないなんて、非人道的だと思いませんか?

 癌治療の目標が寿命を伸ばすことであったとしても、伸びた寿命が苦痛に満ちたものであっては意味がないと思いませんか?

 癌を直接叩く治療と並行して、癌による辛い症状を和らげる治療も行う方が良いに決まっています。

 ですので、現在では手術や抗がん剤治療と並行して緩和医療を行うことが一般的になっています。

 何か困っている症状があれば、遠慮なく主治医に伝えるようにしてください。

 また、仮に手術や抗がん剤などをもう受けられなくなったとしても、その後に緩和医療を実施した方が何もしない場合よりも寿命は延びると言われています。

 症状を和らげることが体への負担を軽減し、延命につながるのでしょう。

まとめ

 以上が癌治療の目的です。

 その最大の目的は「その患者さんが望むような生き方で、出来るだけ長く生きられるようにすること」です。

 それを叶えるためには「寿命の延長」「病変の消滅・縮小」「症状のコントロール」の3つのバランスをとる必要があります。

 また、私がよく癌患者さんにお伝えする言葉に「癌になったら我儘になってください」というものがあります。

 日本人は慎ましい性格をしていますので、つい周囲に遠慮して何も言えない人が多い印象があります。

 しかし癌になったら、いったん我儘になって下さい。

 将来後悔しないように、自分の希望をはっきりと周囲に伝えてもらうことが大事です。