シリーズ「癌とは」-⑦抗がん剤(化学療法)とは
抗がん剤は怖い治療?
抗がん剤に対して、漠然と怖い薬なんじゃないかとお思いの方も多いかもしれません。
確かに抗がん剤は副作用の出やすい薬であり、副作用のために辛い思いをされる方もおられます。
しかし最近では副作用を抑える薬もたくさん出ていますし、抗がん剤の使い方も昔に比べるとかなり洗練されてきました。
正しく使えば十分に許容範囲内の副作用で、癌を上手くコントロールすることができるようになってきています。
手術や放射線療法と異なり、癌の広がりに関係なく治療を行うことができるという大きなメリットもあります。
抗がん剤は使い方次第で高い効果を発揮する治療なのです。
そこで今回は抗がん剤にどうして副作用が多いのか、抗がん剤にはどのような種類があるのか、さらに抗がん剤がどのように効果を発揮するのか、などについて解説していきます。
抗がん剤について知ることで、少しでもみなさんの不安が解消されればと願っています。
抗がん剤のメリットとデメリット
抗がん剤のデメリットのうち最大のものは副作用ではないでしょうか。
よくドラマで抗がん剤治療を受けている役者さんはとても辛そうな演技をされていますし、副作用のイメージはとても強いと思います(前にも述べたように最近はだいぶ改善されていますが、一度ついたイメージはなかなか消えないもので世の中には一定数の抗がん剤恐怖症の方がおられます。こういった方の不安にどう答えるのがよいのか、医者も頭を悩ませています)。
抗がん剤に副作用が出やすい理由として、癌細胞と正常の細胞がとても似通っていることが挙げられます。
というのも、癌細胞は患者さん自身の細胞が変異を起こして生じてきた細胞です。
そのため、癌細胞はもととなった正常の細胞と多くの共通点を持っています。
現在使用されている抗がん剤の多くは癌細胞と正常細胞との間のわずかな違いを狙って働きますので、癌細胞にダメージを与える際に、どうしても癌細胞と類似した正常細胞にもダメージを与えてしまうのです。
このように抗がん剤治療はあたかも「肉を切らして骨を断つ」ような治療法ですが、切らせる肉の部分を出来るだけ少なくして、確実に相手の骨を断てるよう、日々治療は進歩しています。
進歩の内容も新規抗がん剤の開発にとどまらず、副作用を予防する薬の開発や、抗がん剤投与方法(投与量、投与間隔、投与順、投与時間など)の工夫など多岐に渡ります。
もし治療の副作用がどうしても辛い場合は遠慮なく主治医や担当看護師に相談してみて下さい。より体への負担が少ない方法を提案してくれると思います。
一方、これほど有名な問題点がありながら、それでも抗がん剤は使われ続けています。
それだけ抗がん剤には他の治療法にはないメリットがあるということです。
そのメリットとは汎用性、つまり癌の大きさ・広がり具合に関わらず使用することができるという点です。
点滴、あるいは飲み薬として投与された抗がん剤は、血液の流れに乗って全身に行き渡ります。
ですので、どれほど癌が大きかろうが、どれほど癌が広がっていようが、理論上は「全ての癌細胞を治療対象」に出来ます。
手術や放射線治療が対象とならないような癌に対しても、抗がん剤は使用することが出来るのです。
この高い汎用性の故に抗がん剤の研究には大きな予算が当てられており、毎年新しい薬が発売されています。
結果として抗がん剤には多くの種類が存在し、その全てを一つ一つ解説していくとそれだけで分厚い本が一冊書けてしまうほどです。
ただしそこまで詳細な知識を患者さん自身が持つ必要もないと思いますので、本記事では抗がん剤を3つに分類し、それぞれの特徴を解説したいと思います。
便宜上、3つのグループを登場した年代順に第一世代、第二世代、第三世代と呼ぶことにします。
第一世代:細胞分裂阻害剤
第一世代は最も古くからある薬ですが、現在でも治療の主役はこの世代の薬です。
この世代の薬は「どんどん増える=細胞分裂を繰り返す」という癌の本質そのものをターゲットにし、細胞分裂を邪魔することで癌細胞を殺そうとする薬です。
私は個人的にこの世代の薬を「細胞分裂阻害剤」と呼んでいます。
ただし体内には癌細胞以外にも活発に増殖を繰り返す細胞がたくさんあります。
消化管粘膜や血液のもとになる骨髄の細胞がそれにあたります。
ですので、この種の抗がん剤では消化管障害としての吐き気や下痢、骨髄障害としての血球減少が副作用として生じやすくなります。
第二世代:増殖シグナル阻害剤
第二世代は一般的には分子標的薬と呼ばれ、癌研究の進歩の恩恵を大きく受けた薬になります。
というのもこの世代の薬は癌細胞で重要な働きをしている物質(分子)を見つけ出し、その分子の働きを阻害する物質を合成して薬としたものだからです。
そのような開発の経緯から「分子標的薬」という名前が付けられていますが、この名前はあまりにも開発者目線の命名であり、どんな薬なのか医療従事者にも患者さんにもわかりにくいように思います。
そもそも全ての薬は何らかの分子を標的としていますので、どこまでを分子標的薬と呼ぶべきか曖昧です。
そこで私は個人的にですが、この世代の薬を「増殖シグナル阻害剤」と呼んでいます。
もともと私たちの体の細胞は、必要な時にのみ増殖できるようなスイッチを持っています。
スイッチがオンになると、細胞内で分裂を開始するための信号、すなわち増殖シグナルが伝達され、細胞分裂が始まります。
癌細胞はこのスイッチに細工をして常に増殖シグナルが流れている状態にしてしまいます。
これにより癌細胞は常に増殖することができるのですが、この増殖のための信号をブロックする薬が増殖シグナル阻害剤です。
ただし増殖シグナル自体は正常の細胞も利用していますので、ブロックされた信号への依存度が高い組織では何らかの障害が発生します。
この世代の薬では手足症候群と呼ばれる皮膚障害や、傷が治りにくくなるなどの副作用が起こりやすいとされています。
第三世代:がん免疫活性化剤
第三世代は、京都大学の本庶先生のグループが中心となって発見した薬剤で、本庶先生はその功績からノーベル賞を授与されています。
日本との関りが深い薬です。
この種類の薬は一般的に「免疫チェックポイント阻害剤」と呼ばれています。
これに関しては名前を変更しなくても良いと思っていますが、あえて名前を変更するなら「がん免疫活性化剤」と呼んでも良いと思います。
私達の体にはもともと癌細胞のような異常な細胞をやっつけるための細胞、「免疫細胞」が存在しています。
免疫細胞はこの他にも細菌やウイルスのような敵をみつけるとこれを攻撃するという働きがあり、私たちを守ってくれる非常に頼もしい存在です。
しかし間違って味方である正常の細胞を攻撃してはいけないので、免疫細胞は敵を攻撃する前に味方かどうかのチェックを行います(敵味方識別システムを持っています)。
「私は味方です」と言ってきた細胞を免疫細胞は攻撃しないわけです。
癌細胞はこの仕組みを悪用し、さも味方のフリをして免疫細胞からの攻撃を逃れます。
第三世代の薬は免疫細胞の敵味方識別システムに介入し、「私は味方です」というアピールが無視されるようにします。
これによって免疫細胞は癌を敵とみなして攻撃するようになります。
一部の癌では劇的な効果を挙げており、かつては治癒が見込めなかったような進行した癌が完治することすらあります。
ただし免疫細胞の敵味方識別システムは、正常の細胞を守るためのものでもあります。
このシステムが狂うことで、免疫細胞が正常の細胞を誤って攻撃してしまうことがあります。
全身のあらゆる細胞が免疫の攻撃対象になりえますので、この種類の薬剤は多彩な副作用を生じることがあり、副作用の治療を行うにあたっては各分野の専門家の連携が重要になります。
治療の目的も忘れずに
以上のような3種類の薬を時に単独で、時には組み合わせて抗がん剤治療は実施されます。
ただし副作用がつきものの薬剤ですから、治療の目的を忘れてはなりません。
「その患者さんが望むような生き方で、出来るだけ長く生きられるようにすること」が目標です。
そのためには寿命の延長、癌の縮小、症状の緩和にバランスよく配慮しながら治療をしていく必要があります。
抗がん剤は目的を叶えるための手段の一つです。是非この手段を上手く利用して下さい。